御嶽山は かつての修行地 

光明寺の裏山は「御嶽山(観音山・岳山の別称もあります)」と称されるところで、今も山頂に『梵天(ぼんでん)』が掲げられます。この「梵天」は、かつては山伏の峰入り行列の先頭に立てたものと言います。あるいは正法護持の仏・梵天そのものとも言われます。

このことひとつとっても、それほど遠くない昔に、この山で修行する修験者(山伏)の姿が、そこここに見られたことと思われます。ましてや御嶽山には大きな岩も現存しています。この大岩を仏とし、山全体を霊地として日夜修行が行われたとしても不思議ではありません。現在なお光明寺墓地の上手には「御嶽山御籠堂」が見られます。たくさんの石仏・石神も安置されています。これらの事実が、『御嶽山霊地説』『山伏修行地説』を十分に裏付け、物語ってくれています。

現在でも御嶽山に梵天が掲げられていますが、これは、かつては光明寺が管理していたものと推測されており、梵天そのものが密教的習慣の名残りをとどめていると考えられています。

 御籠堂には、

 

   『奉納 雪洞壱対 横綱 柏戸剛 昭和四十一年二月吉日』

 

と、墨書された額が掲げられています。

 雪洞とは「ぼんぼり」のことで、年月からみて、この柏戸は「先代・柏戸(現在の親方)」であることがわかります。しかし、どういう関係で天下の大横綱・柏戸が、この御籠堂に「ぼんぼり」を奉納したのかは、今のところ定かでありません。

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