境内を探訪する

光明寺の境内は、仏像・石塔・石仏・石神等がたいへん多く祀られていて、訪れる人々の目を引きます。これらを訪ねる境内探訪も光明寺参詣の大きな心の修行になります。ここに、その代表的な祭祀神仏等を紹介しましょう。

 

水子地蔵尊   水子地蔵尊は多くの人々の発願によって、写経一万巻と浄財を集めて昭和五十四年四月に建立されました。水子だけではなく有縁無縁の諸霊に対しての供養を捧げています。

大きな地蔵尊の足元にまつわりつく幼子二人の姿態が、たいへん愛らしい尊像です。

 

    錫杖にすがり 彼岸に連れらるる

    水子佛よ つつがなくあれ

佐貴子
 

聖観世音菩薩像   本堂の回廊前に安置される青銅仏が、聖観世音菩薩です。ふくよかなお顔と大きな未敷蓮華が、強く印象に残ります。

聖観世音菩薩は、「アバローキティシュバロ」といい、正しい呼び名は聖観自在菩薩です。たくさんの観音様に姿を変えて一切衆生を観察し、自在にこれを救済するのを本誓とされます。姿が優美な観音様ですので、女性の信仰が厚く、女性の墓石には、このお姿が多く刻まれています。

聖観世音菩薩像の特徴は、一面二臂(一つのお顔と二本の腕)で未敷(つぼみ)または開敷(開花)の蓮華をもつことです。聖観音像が、これ以外のお姿をされることは絶対にありません。そんな点から、各観世音の大本になっている観音様と称せられます。

十三重塔   多層塔のひとつ、十三重塔が駐車場近くに建立されています。十三重塔は、本来は舎利や経巻などを納め霊地を示す意味をもちます。仏教ではすべて奇数を貴び無限の意味をもたせます。多層塔の屋根もそのとおりです。しかも、その屋根の数が多くなるほど功徳が大きくなるとされます。

光明寺十三重塔の造立は、平成四年十一月建立という、たいへんに新しい塔ですが、各層の軒反りの線が美しく、最上部の九輪も優美で風格があります。

 千庚申

 山門脇に二百体を超える文字庚申塔が安置されています。除災・厄除け祈願の『千庚申』です。

庚申塔とは、十干十二支の組み合わせからできる「かのえさる」の日に行われた待ち日に建てた供養塔です。中国の道教の「三尸説(さんしせつ)」に「悪事をした人は、庚申の晩、本人が寝静まったときに口から抜け出した三尸によって、天帝にそれを報告をされる。悪事を報告された人は、若くして死ななければならない。」という教えがあります。そのことから、昔、人々は庚申の夜は眠らずに一晩中講を開き、一番鷄の鬨の声を聞いて解散したのです。「三尸は虫だから鷄に食べられるため、鷄が啼けば、もう抜け出せない。」いうわけです。江戸時代後期には、信仰が変化して農家の祭りとなり、現在に伝えられました。

光明寺の千庚申は、江戸時代中期以降の造立が多いことから、両方の信仰形態があったものと思われます。

愛染明王 御嶽山御籠堂の向かって右手山腹に『愛染明王』が祀られています。彫りのたいへんに素晴らしい石神です。愛染明王は、市内では現在二体しか確認されていない貴重な石仏であり、ここのは名作の部類に入ります。

愛染明王は「マハーラーガ」と呼ばれ、インド神話の赤色を表徴する神でした。本誓は、敬愛息災・罪滅招福の功徳のある愛情豊かな明王で、江戸時代後期から染色業者に盛んに信奉されるようになりました。

石造物   この御籠堂の前の高台から石段近くにかけて、大量の石仏・石神たちが安置されています。大日如来・不動明王・文殊菩薩・勢至菩薩・聖観音・千手観音・十一面観音・三宝荒神・摩利支天・山名八幡・大宝八幡・根本山神・白山神・岩戸大権現などなど、三〇余種、およそ百体が拝めます。

前述の『千庚申』や境内に点在する庚申塔・地蔵菩薩・六十六部供養塔・二十三夜塔・子安観音・如意輪観音・光明寺鎮守の「竜王護法大善神」や「白山妙理大権現」などな対面して歩きますと、かなりの時間、無我の境地に没せられるのではないでしょうか。ことに石仏・石神に関心をおもちの方ししたら、いっそう魅力の虜になることと思われます。


お わ り に

大慈山光明寺のあゆみをひもとくには、寺歴が永いために膨大な資料を必要とします。この冊子は、そういったたくさんの資料の中のエキスを集め、「少しでも読みやすく、少しでも分かりやすく」を念頭において作成してみました。

歴史のある光明寺のすべてを知るためには、まだまだ内容不足ではありますが、光明寺を概観するには手頃なものに仕上げることができたと考えています。

ご一読くださいまして、菩提寺・光明寺にいっそう親しみをお持ちいただけたなら、冊子作成の甲斐があったと言えます。

ご意見、ご感想、ご批判もぜひ、よろしくお願いいたします。

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