大本山総持寺監院

権大教師

当山三十二丗再中興百丈不昧大和尚

昭和35年8月3日 遷化

世寿 78才

 


坪井不昧老師略歴 

明治16年6月7日
愛知県名古屋市中区日置町、尾張徳川旧藩士坪井健栄の次男に生まれる(一兄3姉あり)
明治23年春
(8才)名古屋市久国寺お於ける西有穆山禅師(鳳仙寺25世、後に曹洞宗管長大本山総持寺管主)の授戒会に母親美乃と参じ禅師に請われて出家を約束する
明治24年春
(9才)静岡県伝心寺に於いて禅師の会下に入る
明治28年5月10日
(13才)禅師の命により禅師の高弟、青森県八戸市光竜寺住職石川未逢老師に就いて得度
明治30年5月1日〜
明治33年2月15日まで
(15才)静岡県志太郡大津村天徳院僧堂に掛錫安居
明治33年夏
静岡県長田区向敷地徳願寺住職増田祥海初会に於いて立身
明治34年2月18日
青森県八戸市光竜寺住職石川未逢老師の室に就いて伝法
明治34年3月1日〜
明治38年2月15日
大本山総持寺僧堂に安居
明治37年8月7日
大本山総持寺に於いて転衣
明治38年5月1日〜
明治45年2月15日
大本山総持寺僧堂に安居
明治39年12月5日
千葉県香取郡多古町福泉寺に住職
明治42年9月17日
西有禅師の命により桐生山鳳仙寺の事務一切を代行する
明治43年11月18日〜
昭和21年8月20日まで
前橋市神明町源英寺に住職(38年間)
大正11年3月29日〜
10月18日
本師石川未逢老師遷化につき青森県八戸市光竜寺に住職
昭和7年5月28日
源英寺庫裏新築、その他寺内外の整備を行う
昭和19年3月1日〜
昭和35年8月3日遷化まで
桐生山鳳仙寺の住職(19年間)
昭和22年9月7日
庫裏上棟式
昭和29年4月17日
庫裏新築落成式
昭和29年9月
本堂屋根吹替え
昭和30年4月
開山堂屋根吹替え、植林、境内墓地、参道の整備を行う

 


宗門公職

大正2年4月1日
群馬県第一曹洞宗宗務所辨務
大正6年4月1日
群馬県第一曹洞宗宗務所布教部委員
大正13年4月1日
群馬県第一曹洞宗宗務所管内第一組長
大正14年11月13日
群馬県第一曹洞宗宗務所管内第一教区長
昭和9年12月1日
群馬県第一曹洞宗宗務所所長
昭和12年1月18日
第二管区(群馬、栃木)布教管理事務取扱
昭和12年4月1日
第二管区(群馬、栃木)布教管理当選
昭和20年12月18日
群馬県曹洞宗宗務所長
昭和28年3月1日
大本山総持寺地方副監院
昭和35年8月3日
権大教師

 


宗外公職

明治44年4月3日
摂法会を組織、保護主任(前橋曹洞宗寺院保護事業)
大正2年4月1日
前橋積善会を創立、評議員(精神病施設)
大正2年6月1日
摂法会事業を前橋各宗教会に継承、保護主任
大正10年4月1日
群馬県仏教連合会を設立、常務理事
大正11年11月15日
職業紹介所を開設、常務理事
大正14年7月23日
群馬県方面委員
昭和9年4月1日
前橋仏教婦人会会長
昭和10年7月1日
前橋積善会評議員
昭和10年7月1日
前橋市選挙粛清委員
昭和10年8月1日
第6回全国仏教大会委員
昭和11年11月1日
群馬県社会教育委員
昭和11年12月8日
群馬県仏教会理事
昭和14年4月5日
群馬県仏教会副会長
昭和15年2月20日
司法保護委員
昭和15年7月1日
群馬県仏教保護会理事
昭和17年12月1日
前橋裁判所調停委員、金銭債務調停委員、人事調停委員、借地借家調停委員
昭和18年4月6日
群馬県仏教会長
昭和18年7月1日
群馬県仏教保護会理事長
昭和19年12月15日
大日本宗教報国会群馬県支部副支部長並びに仏教部長
昭和21年1月30日
群馬県社会教育協会理事
昭和21年6月14日
同胞援護会群馬県支部参与
昭和21年7月10日
前橋市社会教育本部理事
昭和21年7月10日
群馬県仏教会会長
昭和31年5月1日
桐生仏教会会長

遺偈

神通遊化 七十八年  唯隋縁去  凡聖超然


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