林 青山について

 弘化4年12月28日(1847年)上津、原沢房吉3男として月夜野に生まれる。
 号を青山本名を周吉と称し名を宗昭と言う。明治元年22才のとき下津小川島の林家の婿養子となり林を名乗る。青山は幼少の頃から絵を好み嘉永6年わずか6才で多野郡藤岡の法橋重信の門に入り絵の勉強を始める。安政6年13才のとき利根郡湯の原村「現新治村」羽場の林豊山翁に入門し画法を修め、青年時代月夜野町如意寺の格天井の絵を描き、その後桐生の鳳仙寺、太田の大光院他関東信越東北方面 を歴遊、43ヵ所の社寺の画を描いた。

  明治26年(1893年)シカゴ万国勧業博に出品、明治27年(1894年)貴族院議員本間千代吉の知遇を受け、東京の本邸に起居、滝和亭に師事、明治39年(1906年)日本美術絵画展出品作は宮内省の買上げとなる。

  64才で帰郷、昭和9年(1934年)1月88才で没する。俊嶽院青山林昭楽翁居士  青山履歴pdf


林 青山
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